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世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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CAのつぶや記 ロンダの谷とリルケの風景  スペイン

ロンダ(スペイン) リルケの風景と「マルテの手記」


スペイン・ロンダ峡谷


リルケ。

フルネームは、ライナー・マリア・リルケ(1875年-1926年)です。

父の遺した「マルテの手記」の文庫本は手元にあるのですが、長い間忘れ去られたまま、ひっそりと本棚に背表紙を並べているのみでした。近日、ひさびさに思い出して手にとり、頁を開いたという次第。

リルケについては知識が乏しくて、ドイツ系の詩人というだけで、実は国籍も知らなかった自分です。検索するとチェコのプラハ生まれとある。

人種と宗教の坩堝プラハ。

・・・どおりでコスモポリタン的な性格を持っているわけです。当時はオーストリア・ハンガリー帝国領だった街です。プラハ、ミュンヘン、ベルリン大学で学業を修め、パリに住み、彫刻家ロダンの秘書となったリルケ。その前後はロシア、イタリア、エジプトなどを旅しています。見聞の範囲は広く、かなりの旅好きと見えました。
30代半ばで「マルテの手記」を執筆。ジッドとの友情、第一次大戦参戦・・・
晩年は詩人ヴァレリーと交友を持ちますが、白血病で惜しくも51才で逝去しています。


リルケ本


ところで、ロンダには「レイナ・ビクトリアReina Victoria」というホテルがあります。20世紀初頭に創立した名門ホテルで、建物の外観はどことなくスイス風の趣きがあるホテル。リルケがロンダにやってきて、このホテルに滞在したのは 1913年初めの冬のこと。

当時の世界をリードしていた大国はイギリスで、ロンドンは世界の首都と言われていました。多くの国が大英帝国との協定を望んだ時代。
ちなみに日英同盟は1902年、フランス1904年、ロシア1907年、ポルトガル1907年。スペインも1906年、外交政策の一環として国王アルフォンソ13世とビクトリア・エウヘニア・バッテンブルクが結婚、王家同士の縁組みにより英国と手を結んだのでした。
ホテル名の「ビクトリア王妃」は、この妃の名前に由来しているといいます。


霊感あふれる ロンダの渓谷
霊感あふれる ロンダの渓谷

Ronda_ArcoFelipeV.jpg
峡谷にかかる、街のシンボルフィリップ五世橋をわたって
スペイン・ロンダの谷

リルケが長く滞在したレイナ・ビクトリアホテルの内部
リルケが長く滞在したレイナ・ビクトリアホテルの内部



ロダンの秘書を辞めたリルケは、旅に出ました。30代半ばの一書生にとっては 贅沢をするだけの路銀は乏しかっただろうけれど・・・
詩人が泊まった部屋はメモリアル・ルームとして保存され、宿泊はできませんが、ずっと以前、マネージャーにお願いして見せて頂いたことがあります。
簡素なグルニエのような小部屋、花柄模様の壁紙と木製の家具、急な切り妻屋根の傾斜が、部屋の天井と壁の一部に角度を与えています。この部屋でポエムの一節が書かれたのだろうかと想像すると胸の熱くなるものがありました。
また、リルケ自身の筆跡による滞在中の勘定書が残っていて、彼の一面をよく表わしているようで面白かった。云わばお小遣い帳&家計簿で、切手、便箋、食事、飲み物、チップなどの額が毎日綿密に記録されているる貴重なメモ。詩人のイメージは、かなり几帳面な性格として印象づけられました。


リルケの本


「マルテの手記」は、詩人の鋭敏な感性による現実世界の俯瞰、生の実相に対する明晰な意識によって、評価が高い作品です。
20世紀初頭の繁栄の中に潜む、社会の貧富の格差、汚濁、病苦などを直視し、静かな生と死への眼差しで、時代の不安を的確に表現しています。そして、個別的な人生体験や恋愛感情が、内省的に高められ、または回帰しつつ、様々なイリュージョンの中を魂が彷徨していく物語といった風に描かれています。

美雨的に嬉しいことに、パリのクリュニー博物館所蔵の「貴婦人と一角獣」のタペストリーも登場するし、アヴィニョンやオランジュの円形劇場、ベネチアにも言及される部分があります。こうした風景を、実景として思い描くことができるのは、自分にとって幸いなことです。

現代の小説に失われてしまった高雅な文体。

翻訳を通じてではあるにせよ、今の時代の感覚で読んでも、情景や心理描写のタッチは、いささかも時の手の風化を感じさせない。ここには、普遍的な感性とはいかなるものであるかが、明確に表現されているように思えるのです。
人は誰でも、それを書く意志と才能があれば、自らの人生を投影した一冊の「マルテの手記」を編むことができるのではないか、と・・・。


ⅩⅦ愛に満ちたあまたの夜の回想 リルケ『マルテの手記』より
リルケ ユニコーン
作品に登場するクリュニー博物館所蔵「貴婦人と一角獣」のタペストリー


ほんの僅かですが、目に止まった文章のみを抜粋してみましょう。名著は書き出しで決まるとも言いますが、この小説もその典例でしょう。


『マルテの手記』

人々は生きるためにこの都会へ集まって来るらしい。しかし、僕はむしろ、ここではみんなが死んでいくとしか思えないのだ。(冒頭)

思い出を生かすためには、人はまず歳をとらなければならぬのかもしれぬ。僕は老年を懐かしく思うのである。

僕は詩も幾つか書いた。しかし、年少にして詩を書くほど、およそ無意味なことはない。詩はいつまでも根気よく待たねばならぬのだ。
人は一生かかって、しかも、できれば70年あるいは80年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか10行の立派な詩が書けるだろう。
詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩は本当は経験なのだ。
1行の詩のためには、あまたの都市、あまたの人々、あまたの書物を見なければならぬ。あまたの禽獣を知らねばならぬ。空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、朝開く小さな草花のうなだれた羞じらいを究めねばならぬ。まだ知らぬ国々の道。思いがけぬ邂逅。遠くから近づいてくるのが見える別離。
まだその意味がつかめずに残されている少年の日の思い出。喜びをわざわざもたらしてくれたのに、むごく心を悲しませてしまった両親のこと。様々の重大な変化をもって不思議な発作を見せる少年時代の病気。静かなしんとした部屋で過ごした一日。海べりの朝。海そのものの姿。あそこの海、ここの海。空にきらめく星くずと共に儚く消え去った旅寝の夜々。それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
いや、ただすべてを思いだすだけなら、実はまだなんでもないのだ。一夜一夜が、少しも前の夜に似ぬ夜ごとの閨の営み。産婦の叫び、白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。詩人はそれを思い出に持たねばならぬ。死んでいく人々の枕もとについていなければならぬし、開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で死人のお通夜もしなければならぬ。しかも、こうした追憶を持つだけなら、一向になんの足しにもなりはせぬ。
追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名前のわからぬものとなり、もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一篇の詩の最初の言葉は、それらの思い出の真ん中に、思い出の陰からぽっかり生まれてくるのだ。    『マルテの手記』より


美雨


秋の日のリルケより
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Author:MIUMIU 美雨
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