美雨の部屋へようこそ

世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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FC2ブログのSSL化で不具合・・・??

FC2ブログのSSL化で不具合??

今日、新日記を挙げようと思っていたのですが、ブログで不具合が起きているようです。

FC2ブログで9/20日からSSSL化が始まったようですが、ブログ村との相性が悪いようで、午後からINポイントが入りません。
ブログ村だけでなく、ブログランキング関係全てそうかもしれません。

私に投票してくださったブロガーさんにも、逆に、私が投票したブロガーさんたにちも、(1部かも?ですが)そのような現象が起きてるようで、申し訳ないです。
もしかしたら私のブログだけかもしれませんが、自分のあずかり知らぬところでご迷惑をかけていそうで申し訳ありません。
皆さまに、一応お声がけとお詫びを申し上げておきます。

ブログ村では又、二つずつ記事が揚がってるなど(ひとつずつしか揚げてないのに)不具合が起きています。

私と同じような現象の方、もしくは、また原因と修復について何か御存じの方、教えてくださるとありがたいです<(_ _)>


皆さんのブログには、いつものようにお邪魔させていただきますね^^


美雨



一寸さびしいので、浜松城の”ハートの伝説フォトです。
このハートをバックに写真を撮ると、永遠の愛が約束されるとか?
さて、お城に大小ふたつのハートがあるの、わっかるかな~?


ハートの伝説2


○○○○城に出没する、不思議なパワスポ仙人のおじいちゃんに遭遇し、ハートのひみつを知った美雨です。


ハートの伝説1


あっ?
ここにもハートが。
指を重ね合わせてハートをなかにパシャり。これで愛がロックされるとか。

とゆうことで、やっちゃえ!ニッサン!(笑)

で、のっちゃいますた。^^

で、このお城は何城でしょう。
正解は、またこんど。(笑)


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オスマン帝国外伝 「壮麗王」スレイマン1世の時代のもうひとつの「物語」

オスマン帝国外伝 「壮麗王」スレイマン1世の時代のもうひとつの「物語」

今、トルコ観光やトルコのドラマがブームを呼んでいるらしい。
拙ブログの、トルコに関する過去記事にも「オスマン帝国」「イスタンブール」などで検索し多くの訪問者が閲覧に来られるのも嬉しい限り。見れば、衛星放送やCATVで放映されているオスマン帝国時代の歴史ドラマが80カ国で流され、世界中を席巻しているらしい。試しに視聴してみたが、これが意外とおもしろく、いつの間にか嵌ってしまった。約600年間続いたオスマン帝国の中興の祖で「壮麗王」と呼ばれるスレイマン大帝のドラマとエピソードについて綴ってみます。

オスマン帝国外伝


ユーラシアを横断した移動の歴史と、古代宗教からキリスト教、イスラームに至る宗教的な重層性により、多様かつ豊穣な文化を誇る国、トルコ。

トルコ史上、オスマン帝国を最盛期に導いたスレイマン1世:オスマン帝国第10代スルタン(在位1520~66)は、46年の長期にわたる在位の中で13回もの対外遠征を行い、数多くの軍事的成功を収めている。
彼は中央集権体制を整えてオスマン帝国の最盛期を築き、立法者(カーヌーニー)と呼ばれた。
西アジア・北アフリカ・東欧を支配し、フランス王フランソワ1世と同盟を結び、西欧諸国を圧した偉大な王として、日本では「スレイマン大帝」と称されている。

16世紀、オスマン・トルコ帝国はビザンチン帝国を滅ぼし、近世から近代にかけてはヨーロッパ世界の最大の脅威であった。
この物語では、そうした列強大国との歴史的背景も絡めながら、外政、内政に深く関わる人物やエピソードを盛り込んで、さながらアラベスクのつづらおりのように、美しく激しくドラマが展開してゆく。



スレイマン1世 膝を折っているのはフランス王フランソワ1世だろうか  スレイマン1世
スレイマン1世 膝を折っているのはフランス王フランソワ1世だろうか


「壮麗王」の時代のもうひとつの「物語」

オスマン帝国を最盛期に導いた第10代皇帝スレイマンとそのハレムを描いたトルコドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望の後宮~」

オスマン帝国史上、一般にその名を知られるスルタンといえば、1453年にビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを征服した「征服王」メフメト2世と、16世紀にウィーンを包囲しハプスブルク家と対峙した「壮麗王」スレイマン1世であろう。

両者ともヨーロッパとの激烈な戦いを制した勇猛な支配者ながら、スレイマン1世(在位1520-1566)が今なお、優美な通り名で呼ばれるのはなぜか。それは彼が治世中、寵妃ヒュッレム(アレクサンドラ・ロクサーヌ)と呼ばれた美女に翻弄された横顔が広く伝えられていたからではないだろうか。アングルの絵画「トルコ風呂」に代表されるように、壮麗王の時代は後のヨーロッパの芸術家たちの想像力をかき立てる「オリエンタリズム」の源泉となり、艶麗な女人たちが暮らすオスマン後宮(ハレム)の様子は絵画や音楽の題材として盛んに描かれた。

『オスマン帝国外伝~愛と欲望の後宮~』は、このようにともすればヨーロッパ人の偏見のもとに伝えられがちであった壮麗王時代のもう一つの顔を、トルコのアングル(視角)からとらえなおし、活写した歴史ドラマともいえる。アカデミックな時代考証も一部取り入れつつ、初めてトプカプ宮殿での撮影を敢行する等して、人びとの空想の中にあったオスマン帝国のハレムと女性たちをリアリティある歴史上の人物として蘇らせることに成功している。



スレイマン大帝の軍歌

オスマン時代のトルコ軍楽(メフテラン)
オスマン時代のメフテラン(軍楽体制)



スレイマン1世というとやはり二度にわたるウィーン包囲だろうか。

結局二度ともウィーンを陥落させる事は出来なかったが、当時のヨーロッパ諸国がオスマン帝国に抱いた畏怖感は想像できる。
また、その名残が音楽にも残っており、モーツァルト、ベートーヴェン作曲の「トルコ行進曲」やシューベルト作曲の「軍隊行進曲」にトルコ軍楽隊(メフテル)が取りこまれている。

歩兵部隊の先頭を行く軍楽隊は、いわば「歩く盾」。彼らの勇気は、後続の兵士達を鼓舞し、敵にとっては恐怖であったことだろう。

このトルコ軍楽隊(メフテル)がやがて世界中の軍楽隊へ発展した。
有名すぎる話かもしれないが、18世紀から欧米諸国にも取り入れられた軍楽隊や私たちにも身近な存在であるブラス”バンド”の基本編成もこのメフテルがルーツなのである。



スレイマン大帝

  http://www.youtube.com/watch?v=dET3-Kdox_A



オスマン・トルコ帝国、イニチェリ軍団の歌。
オリエントの旋律が不思議なエキゾチズムを醸し出す一風変わった軍歌。

十代のころ、クイズ番組「なるほど・ザ・ワールド」 を見ていた時のこと、なにやら切なくもあり、力強さもあるこの曲に、
「初めて聴いたのに生まれる前にいつか聴いたことがある」と 懐かしい感情に襲われたことがある。

その後、TVやラジオなどで聴くたびに、同じ感情が。
調べてみるとオスマン・トルコの「軍楽隊」が 演奏した『ジェッティン・デデン』という名の
日本語でいうと”古い陸軍 行進曲/祖先も祖父”がテーマの名曲だった。

幼かった私は、前世があるとしたら何か関係あるのかなぁ、とさえ摩訶不思議な感情にとらわれた。

ちなみに、この曲である。


※現代トルコの軍楽隊 http://www.youtube.com/watch?v=xDL8b6OTqeA
↑(ちょっと笑えたりしますが・・・)

Ceddin, deden 『ジェッティン・デデン』

1 Ceddin, deden, neslin, baban
 Hep kahraman Türk milleti
 Orduların, pekçok zaman
 Vermiştiler dünyaya şan.

2 Türk milleti, Türk milleti
 Aşk ile sev hürriyeti
 Kahret vatan düşmanını
 Çeksin o mel-un‎‎‎‎‎ zilleti.
 Kahret vatan düşmanını
 Çeksin o mel-un zilleti.

1 祖先も 祖父も 祖先も 祖父も
 勇猛なるトルコよ
 汝の軍隊は幾度となく
 世界にその名を轟かす

2 トルコ国家よ トルコ国家よ
 汝の自由を享受せん
 祖国の敵を打ち負かし
 忌わしき奴等に絶望を与えん
 祖国の敵を打ち負かし
 忌わしき奴等に絶望を与えん
 (You Tubeの書き込みを拝借)



現代のメフテルハーネ(軍楽隊)
現代のメフテルハーネ(軍楽隊)
派手で華やかですね


youtubeの超訳(?)に出てきた”イニチェリ軍団”とは、オスマン・トルコ帝国が誇った精鋭のエリート近衛軍である。妻帯は認められず、スルタンへの絶対忠誠を誓って戦いに臨む。美貌で勇敢な青少年を集めて訓練、彼らの中には白人系の領地から徴兵された者も多かったという。

16世紀前半に強大なトルコを支配した第10代スレイマン大帝、そのライバルは神聖ローマ皇帝のカール5世。帝国の威信を賭けた両陣営の覇権争いは、16世紀の後半、後継者のフェリペ2世とムラト3世の治世下で戦われた「レパント海戦」で激突することになる。

エジプト、ギリシャ、バルカン半島、アラビア半島を支配し、全盛期にはウィーン郊外まで攻め寄せたオスマン・トルコ。イスラム世界の殆どを領土として支配したが、権勢を驕った時代は過ぎて、第一次大戦の敗北により滅亡、小国家になってしまったが、アタチュルクによる共和国革命を経て近代化した。

現代においても、トルコはヨーロッパ世界とイスラム世界の境界に位置し、EU加盟問題を初めとして、地政学的、文明論的に重要な問題をなしている。  20世紀の流れを見ると、オスマン帝国領から分裂独立した国家群が現代の中東紛争と将来の不安定要因となっている。大帝国の絶対君主による統一により、中近東地域が長い平和を保っていたということも言えるわけである。

権力はやがて腐敗し、それを覆す新たな勢力が必ず出現する。その繰り返しが歴史なのであろうか。



美雨


スレイマニエ・モスク
スレイマンのモスク
16世紀半ばにスレイマン1世が建設を命じた、オスマン建築の代表作。

華麗なる オスマン帝国のスレイマン1世ファミリーより (トプカプ宮殿にて撮影)
オスマン2
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CAのつぶや記 「オリーブの海」とパラドールの旅


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「オリーブの海」とパラドールの旅  ~スペイン・ハエン地方~

どうしてもこだわりがあって、現地から送ってもらうオリーブオイルがあります。
今年も、”オリーブおじさん”の畑から届きます。
セビージャに住むガイドの友人経由ですが、やはりここのオリーブオイルは絶品とのこと。
また会いたいなぁ。


オリーブの海 ハエン地方



コルドバからグラナダへ向かう街道は、スペイン南部でも有数のオリーブの産地で、その品質が高いことで知られており、バエナは原産地呼称の指定を受けています。

中でも、ハエン地方は「オリーブの海」と喩えられるほどに、見渡す限りオリーブの木が大地を覆っている地。
ここの伝統製法によるオリーブ油は、若干濁っているのが特徴。
加熱せず、圧縮しすぎず、過剰にフィルターを通さない。自然の成分を充分に残したバージン・エクストラ・オイルです。

今年もオリーブの収穫が始まったようです。丁度こんな時期アンダルシアを訪れたとき、傍の畑のオリープはまだ固い緑色でしたが、年明け1月頃まで、アンダルシアのあちこちで収穫作業がおこなわれるのです。


ハエンは、東北のあだたら山や姫神山にどこか似た懐かしい土地
ハエンは、東北のあだたら山や姫神山にどこか似た懐かしい土地

たわわに実るオリーブ
黒オリーブも好き

瓶から出して、このまんまでもメチャいけます♪
瓶から出して、このまんまでもメチャいけます♪



ハエンを旅するなら、宿はホテルよりパラドールがお勧めです。
ハエンには由緒あるパラドールがあるのです。

聴きなれない方も多いと思うので、パラドール(Parador)の歴史と役割について少し。

パラドールとは、スペイン内の古城や貴族・領主の館、あるいは由緒ある修道院を一流ホテルとして整備したスペイン国営のホテルチェーンです。国営っていうのが、すごいでしょう?
芸術品が無造作に飾られた豪奢な古城や、歴史ある修道院で、中世の優雅な王侯貴族気分に浸りつつ、郷土料理に舌鼓を打つ。そんなパラドールに泊まる旅は、たとえ滞在が短い駆け足旅でも、スペイン旅を特別なものにしてくれます。

パラドールが誕生したのは1928年、インクラン伯爵が、現国王の祖父にあたるアルフォンソ13世に提唱し、自らが所有するグレードス山脈の狩猟のための山荘を宿泊施設として改装したのがはじまりで、これが記念すべきパラドール第一号となりました。

その後、貴族制度の崩壊と共に荒れ果てていた歴史的価値のある古城や宮殿、修道院といった文化財の数々を国家で買い受け、あるいは借り受け、丹念な修復を施すことにより、特色あるホテルとして蘇らせることに成功したそうです。
現在では、パラドールはスペイン全土に93にまで拡大し、歴史と風土を活かしたパラドールはスペインを旅行する人々に、中世の歴史とロマンをあますことなく伝えています。



ハエンのパラドール・ホテル
ハエンのパラドール・ホテル

ハエンのパラドールでの食事 もちろんオリーブづくし
パラドールでの食事 もちろんオリーブづくし


パラドールで嬉しい特典は、なんといってもお料理。その地方の特産品と旬の素材やをふんだんに使った一流のシェフによるスペインの郷土料理の数々を、歴史ある城や宮殿のダイニングでいただけること。つい500年前、このダイニングであの暖炉を見ながら、王や領主がこんな料理を食べていたかと思うと感慨もひとしおですね。
ワインリストがまた素晴らしい。地域色豊かなスペインワインを手ごろな値段で提供してくれるパラドールには、
まだ日本では紹介されていない逸品が溢れています。これぞ特典。

もうひとつ、大切なことを書き忘れるところでした。
パラドールは国営というのがツボ、と話しましたが、そうです、パラドールはスペインの国営ホテルチェーンだけあって、同等のホテルと比較して価格がお安いのも旅行者にとっては嬉しい特徴。
それだけにスペイン旅行者のツウのなかでは人気があるので、季節や施設によっては、なかなか予約がとれないこともあります。旅程が決まったらできるだけ早めに予約をすることをお勧めします。
たまたまですが、私がハエンを旅したときはシーズンオフだったこともあり、前日の予約OK、ラッキーでした。



ハエン地方のオリーブ畑のうねり・・・本当に海のよう。
スペインのハエン地方


初物オリーブ油
初物オリーブ油  濁ってますが何か?
濁ってますが何か?



オリーブの海・・・素敵な表現ですね。

オリーブ畑を見ていると、なんだかとってもこころが和み、沸き立つ気分になるのは私だけではないみたいです。
オリーブこそは勇者の木。ヨーロッパ文明、文化の大繁栄のみなもととはオリーブ力だとも言われるのも決して過言でなく、葡萄の木と共に神が人間に与え給うた最も恩恵あつい樹木と言えましょう。
葡萄(酒)が神や精神のためのものであるなら、オリーブは人間の血と肉に不可欠な存在であるような。
画像のオリーブオイル、本当に濁っていますね。心をくすぐる色です。風味まで薫ってきそうでしょう?

ちなみに、「オリーブの海」とは、スペインの詩人アントニオ・マチャードによる表現です。起伏のある丘陵を覆い尽くすオリーブ畑は、まるで、うねり立つ緑の荒波のように見えたりもします。

あの忍耐強い樹には、燦爛たる夏の太陽の光と熱を存分に吸ったエネルギーが蓄えられているからでしょうか... ワインとオリーブの実さえあれば、他に食べ物が無くてもしばらくは生き延びられると言われるのも、むべなるかなですね。

早速、開栓して試してみました。草いきれのする大地の香りがして、少し生臭いけれど、とても野性的な味。皮や種も育んだ土も含めて、実から絞られたすべての精華を食べているんだ...という感じ。



ollive 最後まで読んでくれてありがとう
いつもありがとう❤



ここの畑&売店の名物おじさん。
なかなかイイ味を出していて、団体客が入ってくると「○本で1本おまけ」のセリフを各国語で言っています。
○の数は外見や好みで決めているよう。ちなみに、私には五本でした。(笑)
噂では10本の人が一番多いとか。(爆)ちょっとトクした気分?

ハエンのオリーブおじさん、こうして毎日、油を売って暮らしているというわけですね!



美雨





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CAのつぶや記 ペルセポリス アレクサンダーとつわものどもが夢のあと

 ペルセポリス アレクサンダーとつわものどもが夢のあと (イラン)

ペルセポリス6



ペルセポリス。

イランで最も有名な観光地で、この遺跡を組み入れないツアーは成り立たないでしょう。

シーラーズが拠点ですが、公共バスなどの交通機関はないので、友人とタクシーをシェアして、57km北に位置する遺跡へと向かいます。

現地語では「タフテ・ジャムシード」、ジャムシド王の玉座という意味とのこと。この王と寵姫の物語が伝えられており、二人が初めて葡萄の発酵を発見して飲んだという。いずれにしてもワインの発祥地は、古代ベルシャという説が有力です。
なるほど、沿道風景を眺めると、ブドウの栽培には理想的な土壌のようで、アルコール御法度のイスラムの国であることが勿体ないくらいです。いつの日にか、もしもこの地で再びワインが醸造されるようになれば、世界有数のヴィンテージを生産するであろうことは間違いない。




ペルセポリス5




ペルセポリスは、紀元前512年、ダレイオス1世が着工、クセルクセス1世が完成させた都。全盛期にはインドからエジプトまでの領土を支配したアケメネス朝ペルシャの宗教上の首都です。

古代史においては、アレクサンダー大王(BC356-323年)が、オリエントの専制君主ダレイオス王の軍に勝利を収め、ギリシャの宿敵ペルシャを滅亡させた舞台となっています。
大王が誕生したその日、小アジアの都市エフェソスにあった壮麗なアルテミス神殿が、ペルシャ軍によって破壊されたと伝えられており、対ペルシャ復讐戦は、持って生まれた星の運命ともいえるかもしれない。少年時代にはアリストテレスを師として学問を修め、生まれながらの帝王の資質を備えていたアレクサンダー大王。武勇を備えた古代の啓蒙専制君主とも言えます。



ペルセポリス



アレクサンダー大王はマケドニア王国から遠征軍を率いて、破竹の勢いでエジプト(BC332年)、続いてバビロン(BC331年)を攻略しました。そして紀元前330年、これまで幾度となくギリシャを脅かし、エジプトを占領していた古代オリエントの雄、ペルシャ帝国の本拠地の、まさしく心臓部まで達したのです。この時アレクサンダーは、若冠26歳であったというから驚くばかり。

ペルセポリスは山を背後にして建てられており、テラス上のアバターナ(謁見の間)の基壇の上に、再建された柱が屹立している。当時36本あったという柱は、12本のみが残されているが、いずれも高さ20m。それだけで、かつての宮殿の壮大さが偲ばれます。



ペルセポリスのダレイオス1世謁見図
ペルセポリスのダレイオス1世謁見図



翼の生えた獅子や鷲の彫刻、貢物を捧げる使節や征服諸民族のレリーフ、それらの力強い表現は見事だが、最も重要な玉座の部分は、テヘランの国立考古学博物館に展示されています。

陥落後、百柱の間から火災が発生し、宮殿もろとも灰燼に帰してしまったという。今となっては、広大なテラス状の敷地には石塊が散らばり、南中する真夏の太陽にジリジリと灼かれているばかり。
つわものどもが夢の跡・・・廃墟に漂う寂寥の思いを実感します。



ペルセポリス4




ここで、占領時の情景描写を引用してみます。

「マケドニア兵たちは町に侵入し、男たちを皆殺しにして、持ち物を奪い取った。大量の金銀が奪い取られ、紫地に縫い取りをしたり、金糸を織り込んだ豪華な衣装が征服者のものとなった。兵士たちの貪欲さは際限もなく、朝から晩まで略奪に明け暮れた。宝飾品で身を飾った女たちは捕虜として力づくで連れてゆかれ、奴隷にされた」
                   (アレクサンダー大王 ピエール・ブリアン著 創元社より)

敗走して追撃を受けたダレイオス王は、抵抗を断念した部下の手で暗殺されました。この時、協力的なペルシャ人を傘下に引き入れるための融和策も兼ねてか、アレクサンダーは王の娘ロクサネを娶り、息子をもうけました。しかし、大王亡き後は、妻は遺児共々暗殺されてしまうのです。

彼はさらにカスピ海に北上、現在のアフガニスタンを通って、中央アジア、ガンダーラ地方、インダス川まで達しました。アレクサンダーの遠征ルートは自動車で往来できる現代でさえ、長くて困難なルートです。

パキスタン国境の町からトルコのイスタンブールまでの陸路を横断した旅人は、この地域の荒涼たる大地を進軍する過酷さは想像できると一様に言う。そして14世紀末には、逆にインドから放浪の民ジプシーが西へ向かって移動していった道でもある。

大王が後世に与えた影響の一つは、何といっても東方世界にヘレニズム文化をもたらしたことでしょう。この遠征なしには、ガンダーラの仏教美術の結実はなかったし、後に日本人の信仰の対象となる数々の仏像も、今のような形では存在しなかったかもしれない。



ペルセポリス0




パルミラとペトラと並んで、ペルセポリスは「中東の三羽ガラス」と言われる遺跡のひとつです。
あとで気がついたら、辿った道筋はまさしく「ロマの道」だったわけで、その過酷さに、彼らの祖先の苦労を実感しました。
直接の旅立ちの動機は、インド・カースト社会における奴隷階級からの脱却と、チムール軍の侵入と遠征に伴ってという説があります。当初は資産家から金品を奪って、旅の路銀に充てたとされています。やがて、それも尽きると、歌舞の芸を披露して生活の糧としながら、オアシスからオアシスへと移動していったのでしょう。

時として、何百キロも続く土礫と岩ばかりの荒涼とした風景。自然は人間を拒み、厳しい断絶さえも感じさせられます。自然を常にうるわしく親しきものと感じている日本人とは、全く対極の世界観があるということが想われました。




美雨


❤最後まで読んでくれてありがとう❤
ペルセポリス:ライオンと一角獣のレリーフ
ライオンと一角獣のレリーフより



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土門拳の芸術 『室生寺』 『筑豊のこどもたち』

土門拳の芸術 『室生寺』 『筑豊のこどもたち』

土門拳をご存知でしょうか。
写真家で、『古寺巡礼』『筑豊のこどもたち』で有名な写真家ですが、日本の美術史に名を残す人です。
土門拳の撮った写真は、生命の美しさを永遠に写し留めています。


吉祥天2


土門拳の生まれ育った酒田市にある記念館を訪れたのは、昨年、夏の終わりでした。

そしてまた、再びの酒田へ。
写真好きの相方に、どうしても土門拳の芸術を紹介したかったからです。

子どもの頃、父が揃えていた雑誌「太陽」だったと思います、写真家特集を見たのが始まりでした。
土門拳さんの作品にふれる機会があったのは幸いなことです。

ただ、イメージとしてよく覚えているのは古い寺と仏像たちの人間的な素顔(あとで「室生寺」と知りました)、そして昭和の原風景を映す、『筑豊の子供たち』でした。
嘘のないまっすぐな目線、ひとをみつめるやさしい眼差し・・・自分自身こどもながら、写真の中にある”何か”を感じられたのだと思います。

偶然が重なり、酒田の土門拳記念館へ行けた事は、自分の生涯の中で最も意味のある出来事かも知れません。



吉祥天


土門拳記念館


近代的でモダンな建物の記念館なのに、なんて自然の景観と調和していること・・・

霊峰、鳥海山を借景にうつす大きなお池があって、白鳥もいて、イサム・ノグチの彫刻もあって・・・・加えて土門さんのコンセプトを120%表現しつくしたような谷口吉生さんの建築がまた素晴らしい。
百聞は一見にしかず、やはりこの記念館だけは,写真でなく 足を運んで実感するものだと思います。

そして、館に足を踏み入れ目の当たりにする数々の写真は、ときを忘れさせ、圧倒的な迫力をもって見る人の胸を打ちつづけます。

記念館、ということで、土門拳の時代を反映した、昭和の風景のスナップばかりかと思っていたのですが、土門拳の仕事を広く網羅していて、彼の生涯の仕事を振り返ることができる創りになっていました。

物事の真ん中を射ぬくような鋭さと、
それでいて時代と真直ぐに向きあおうとする土門拳の優しさが大好きです。

魂を握り揺さぶる生きている写真の群れ ・・・
写真の美術館で、こんなに全身を揺さぶられるような感覚は初めてです。
彼の写真の中には、鬼がいる・・・そんな感覚。



土門健記念館


脳梗塞で右手が使えず左手で墨で書いた「古寺巡礼」の文字・・・土門さん直筆の力強い筆使い
古寺巡礼



土門さんの作品集では、何といっても『古寺巡礼』が好きです。

陰影から仏像の動と静、陰と陽が伝わってきます。
室生寺の写真に出会い、仏像との向き合い方が変わりました。

特記すべきは、ヒーローの四天王や帝釈天ばかりを被写体にするのでなく、踏みつけにされた天邪鬼(アマノジャク)や陽の当たらない化仏たち(観音さまの頭についた仏)の後頭部ほんの小さな仏に スポットライトをあてる土門さんの遊びごころ・・・凡人は、気付こうともせず通り過ぎてしまうばかりなのに・・・・
にらめっこしたら、絶対負けてしまいそうなこのユニークな笑顔を、ここまで 写し出せる土門さんのセンスとメカニズムの妙。

土門さんの言葉「時に本質的なものをえぐり、時に瑣末的なものにかかずらあおうとも、無差別、平等な機械(メカニズム)の働きそのものにすぎず、そこがおもしろいのである」を思い起こさせる、”名写”です。



観音様より頭部の化仏に目がいってしまう
観音様より頭部の化物に目がいってしまう  室生寺のユニークな仏さま どこかでみかけそうな顔ですね
                室生寺のユニークな仏さま どこかでみかけそうな顔ですね



このライティングの妙、大胆な構図・・・
その強烈なメッセージは、 いったい何が見えてこの写真を撮れているのだろう?と
疑問をかきたずにおきません。

これほど美しくお寺の四季や仏像を撮れる人は 今だっていないと思います。
ただシャッターチャンスを狙うだけでなく、 何年も通い続けていないと決して出会えない 風景を撮った土門さんって一体!?
土門さんのライフワークであった『古寺巡礼』は、言葉では表せない、まさに写真の持てる能力を存分に発揮した作品でした。「目に見える物は必ず写真に撮れる」彼の言葉が思い出されます。

なかでも、JR東海の奈良の2008年冬のCMに土門さんの「室生寺」が登場したときは 旅の記憶と土門さんの写真がないまぜになって、胸がゆさぶられるほどに感動したのを覚えています。
十二神将が光りながら一躯ずつ現れる様には、興奮を覚えます。 (よく見ると奈良国立博物館に寄託している辰神・未神は出ていないので十躯ですね。笑)


こちらです
http://www.youtube.com/watch?v=ZVgdfITtsLw



CM恒例の曲、ボロディンの「ダッタン人の踊り」も効果的に、 厳かで静謐な室生寺の冬を演出していると思います。

室生寺 ―― 私が訪れたのは随分前ですが、懐の深さ、やさしさ、強さをもった静かなお寺でした。土門さんも撮ったあの門を入ってからお寺までの階段を上っていく間、誰ともすれ違わなかったのが、何だか別世界に入っていくような錯覚。
たぶん今も同じたたずまいでしょう。

いえ、そうあってほしい・・・・


女人高野 室生寺
室生寺2




筑紫のこどもたち


さて、土門さんのもうひとつの側面であり、ライフワークでもある
ドキュメントフォトの凄さ、メッセージの強さに改めて圧倒され続けています。

中でも目を引いたのは、昭和34~35年、国のエネルギー政策変更による炭鉱閉山で赤貧、どん底状態の炭鉱町の小学校での昼食風景です。

20人位の子供が写っていますが、お弁当のない子どもが数人います。
彼らは学級文庫の漫画雑誌を読むふりをして、楽しい筈の昼時をやるせなく過ごしているようです。お弁当を食べている友だちを見たくないのでしょう、雑誌を立てて顔を埋め回りを見ないようにしている女の子もいます。

初めて見た時、後の世代で飽食時代を過ごした私には衝撃でした。古い写真とはいえ東京オリンピックよりほんの数年前の日本での現実です。久しぶりに見てまた感動を新たにしました。若い世代にも是非見ていただきたい写真。

貧しくても、たくましく育つ子供たちの笑顔に、こころ打たれる作品です。


土門さん1




交通の便が悪く、次の予定地へのバス・電車の乗り継ぎ時間を気にしつつ、2時間ほど滞在しましたが、ちょうど高揚した気分のときに時間切れ・・・
タクシーの運転手さんが呼びに来て、後ろ髪ひかれる思いで酒田を後にしました。
私の触れた酒田の人たちも本当に温かい方たちでした 。


むすびに、土門拳の遺した言葉です。

「写真は肉眼を超える」「自分がついにゼロになった時、素晴らしい写真が撮れる」

限られた人生の中、自分の追求すべき姿、目標の本質が全てこれらの言葉に凝縮されていると思います。

昭和の大切なものを残してくれた土門拳。
「土門拳の昭和」というより、土門拳が昭和そのものだったんだと感じた、ひとときでした。



美雨



最後まで読んでくれてありがとう
土門さん
パチリ


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MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

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天地人(発酵家族)
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